アニスピ研究会ブログ

動物と福祉について、様々な社会問題とその解決方法について考えます。

現代社会のペット需要とその背景にある飼育放棄、ひいては殺処分

筆者の数十年来の友人に、猫好きが極まって猫カフェを開いた女性がいる。

彼女に限らず、猫カフェではキャスト(キャットではなく、なんてボケてしまうのは中年男のサガなので許されたし)である猫達は、保健所からやって来ていることがまま多い。

最初から保護動物の里親探しを見越して開業する猫カフェもあり、客もまた、良い出会いがあればという心づもりでやって来る人も少なくない。

 

他にも最近では動物病院が譲渡目的でカフェスペースを設けたり、里親マッチングサイトが開設したりと、愛護団体だけではなく、各地で思い思いの動物保護・動物愛護の活動が盛んに見られるようになった。

その背景には、飼い主のいない動物達の『殺処分』問題が未だなくならない、日本の現状が大いに関係しているのだろう。

 

現代社会におけるペットの需要は年々増加傾向にあり、ペットを家族の一員として捉える飼育者と共に、ペット一頭あたりへの支出も帯同して増加傾向にある。

『2020年版 ペットビジネスマーケティング総覧』によると、2019年度のペット関連総市場規模は小売金額(末端金額)ベースで前年度比101.7%の1兆5,700億円の見込、2020年度には1兆5,978億円(同101.8%)と微増推移を予測している。見ての通り、ペットビジネスは一大産業なのだ。

 

儲かれば、儲けたい人間は当然寄って来る。

好調子のビジネスチャンスに群がる人々の中には、それが「命」であることを忘れ、売り買いに取り憑かれてしまう事業者も少なくはない。

 

本来ならば売る人も買う人も、それが命である以上、違和感が付帯するのがペットビジネスだ。性善説を唱えるつもりはないが、人々の多くは、やはりペットショップで可愛い子犬を「買う」時には、チクリと本質的な良心が切なく痛むだろう。

それ故に、その命を大切に受け取ろう、共に生きていこうと覚悟するのではないだろうか。

 

けれども多くの道徳的な(あるいは健全な)人とは異なり、可愛い頃を過ぎた犬には興味が失せて捨ててしまう買い手や、より愛らしい外見に拘って悪質なブリードを行う売り手が、この世界には確かに存在する。

世界どころかこの日本で、私達と同じ言語を話し、同じ肌の色をして時に談笑をする日本人として、そういう一定層は存在しているのだ。

 

日本の殺処分数は環境省の調べによると、過去10年間の推移を見ると3分の1以下に減少している。(出典:「犬・猫の引取り及び負傷動物の収容状況」)

しかしながら、これには悲しいカラクリがある。保健所の引取拒否が増えたのだ。もちろん保健所も悪意や怠慢から引取を拒否しているのではない。

2012年(平成24年)に動物愛護法の改正が行われ、「終生飼養の責務」という趣旨に照らして、保健所は然るべきの理由ない引取は拒否できるようになったのだ。

そのため、国の調べという公的な発表を見れば殺処分数は減っている。

 

だが実際には、どうにかして捨てたい飼い主や、ブリードに“失敗”した生体を引き取ってほしいブリーダーの需要に応えるべく「引取屋」なる闇業者が生体を引取るようになったのだ。

 

公的な執行ではない引取屋の動物の「処分」方法は、いっそう残酷だ。

 

悪質な業者や、未だ完全にはなくならない殺処分に、動物愛護活動者たちは今後どのように対峙してゆけば良いのだろうか。